正しい背中の流し方

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「あーあ、今年は花見に行けなかったなぁ」 バスを降り、大学まで続く桜並木を見上げながら柚子は嘆息した。 4月の初旬に証との同居生活を始めてから一週間、桜の花びらは八割方散り、道の側溝を埋め尽くしている。 この日、柚子は休学届けを出す為に大学へと赴いていた。 証は通えばいいと言ったが、奴隷生活をしながらの学業は中途半端になりそうだったので、思い切って1年間の休学を決意した。 証の帰りが12時を過ぎるようなら先に寝ても構わないなど、曖昧だった生活の決まりごとも次第に固まりつつあった。 この一週間共に生活をして、少しずつ証のこともわかってきた。 ヘビースモーカーで、酒豪だということ。 その割りに意外に甘党だということ。 殆どテレビを見ないということ。 洋食よりは和食が好きだということ。 大学では法学部を専攻しているということ。 その他諸々、数少ない会話の中で柚子は証を理解しようと努力した。 何より予想外だったのは、余程証の機嫌を損ねない限り、無茶な要求はしてこないことだった。 あの「証はゲイ」発言が怒りマックスだったようで、あの日以来余計なことを口にせずに大人しくしていると、証の嫌がらせもすっかり為りを潜めていた。 相変わらず口調はSで威圧的だが、それも慣れれば気にならなくなった。 (なんか、思ったより楽勝かも。家事だけしてればいいし、前よりいい物食べれるし、ピアノも弾けるし、借金は完済したし。この分で行くと、10ヶ月なんてあっという間に過ぎるわね♪) スキップしながら鼻唄混じりで大学の門をくぐった柚子だったが、この考えが練乳よりも甘かったということを、この日嫌というほど思い知るハメになる。   春休みが終わったばかりの構内は人が溢れ返っていた。 まだ慣れない様子でキャンパスを歩く新入生、引っ切りなしに行われているサークル勧誘。 (あー……。春だなぁ……) 証の住むマンションの一階はスーパーになっていて、買い物をする為に外出する必要はなかったので外の空気に触れるのも一週間ぶりだ。 休学の手続きを終え事務所を出た柚子は、背後から肩を叩かれた。 振り返ると、友人の茜が立っていた。 「来てたんだ、柚子」 「ああ、茜。久しぶり」 「講義出てないから心配してたんだ。家、大変だったんだって?」 「………ん、まぁね」 柚子はあやふやに笑顔を返した。  
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