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「お茶してて、時間を忘れた、だぁ?」
「………………」
「随分、優雅じゃねーか」
証はゆっくりと柚子に近付き、くっと柚子の顎を掴んで仰向かせた。
柚子は唇を噛んで証の顔を見つめる。
証の目は本気で怒っていた。
「………ごめんなさい」
「お前、自分の立場全然わかってねーみたいだな」
「そ、そんなこと……」
「大体時間を忘れるってこと自体がナメてるんだよ」
「………………」
「こっちは生半可な金払ってねーんだよ。時間も守れねーなんて基本的なこともできねーで、保育士になりたいとか偉そうに夢語ってんじゃねーよ」
柚子は何も言い返すことができなかった。
証の言うことは何一つ間違っていない。
そもそもこれがビジネスだと、割り切ったのは自分だ。
この一週間、証にひどいことをされなかったということで、完全に気が緩んでしまっていた。
「…………すみませんでした」
悄然として謝ると、証は柚子から手を離してクルッと踵を返した。
「もういい。早く風呂の用意しろ」
「…………は、はい!」
柚子は慌てて靴を脱ぎ、証の後を追った。
想像していたよりも証の説教が早く終わったので、内心柚子はホッとしていた。
(………うぅ。今日は腕によりかけて御馳走作らなきゃ。……そんなことで機嫌が直るとは思わないけど……)
浴槽を洗いながら、柚子はいかに証の機嫌をこれ以上損ねないかを思案していた。
今こうしている間にも、またどんな嫌がらせを考えているかわからない。
用意を終え、浴室を出た柚子はリビングにいる証に恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……。もうすぐお湯貯まるから……」
「………ああ」
ソファーに座って新聞を読んでいた証は、短く返事をしてから新聞を置いた。
そうしてゆっくりと柚子に向き直り、不遜な口調で言った。
「お前、背中流せ」
夕御飯を作る為にキッチンに向かいかけていた柚子は、ピタッと足を止めた。
ゆっくりと証に向き直る。
「………え? 背中?」
「ああ。先入ってるから後で来いよ」
証は何事もないような口ぶりで浴室へと足を向けた。
柚子は呆然と立ち尽くす。
(え……。背中流すって……一緒にお風呂入るって……こと?)
「ち、ちょっと待って!!」
柚子は思わず強く証を呼び止めていた。
証は不機嫌そうに柚子を振り返る。
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