正しい背中の流し方

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「…………何だよ」 「せ、背中流すって……それだけよね? じゃあ……、何か着ててもいいのよね?」 窺うようにオズオズと尋ねる柚子を見て、証はニヤッと笑った。 柚子は嫌な予感に襲われる。 証がこんな笑い方をした時は、ろくなことがない。 「……そうだな。じゃあ……」 証は言いながら自身の着ているシャツのボタンを外し始めた。 訳がわからず、柚子はじっと証を見つめる。 ワイシャツを脱いだ証は、柚子に向かってそれを軽く放り投げた。 「それだけなら、着ていい」 「……………え」 受け取ったシャツに視線を落とし、柚子は再び証を見上げた。 「これだけって……下着は?」 「言ったろ、それだけだって」 「で、でも………」 まだ何かを言おうとする柚子に証は鋭い目を投げた。 「俺に逆らうのか」 「………………」 傲岸な声に、柚子は何も言えなくなる。 「…………わかりました」 俯きながら答えると、証はニコリともせずに浴室の中に消えていった。 (………今日は、私が悪いんだもん。それに……まだ裸エプロンよりはマシだわ……) 服を脱ぎ、証に手渡されたワイシャツに袖を通しながら柚子は自分に言い聞かせていた。 裾が長いので下は何とか隠れる。 前回の裸エプロンよりはいくらかマシだった。 (でも……濡れたら、透けるわよね……) おそらく証はそのことを見越してこのシャツを着ろと言ったのだろう。 (ったく、次から次によくもまあこんなエロい嫌がらせを思い付くもんだわ!) イライラしながら柚子は浴室へ向かった。 あまりチンタラしていると、また証が機嫌を悪くしてしまう。 浴室のドアを開ける手前で、柚子は一度深く深呼吸をした。 そうしておもむろにノックする。 「……入っていいですか」 上擦った声で尋ねると、すぐに「ああ」と返事が返ってきた。 胸がドキドキ言い始め、そのせいで震える手にぐっと力を込めながら柚子はゆっくりとドアを開けた。 バスルームの中は湯気で曇って一瞬柚子の視界は何も映さなかった。 だがすぐにバスタブに浸かっている証の背中が目に飛び込んできた。 証はゆっくりと振り返る。 そうしてバスタブに頬杖をついてじっと柚子を見つめた。 柚子は裾を押さえたままドアの前で立ちすくんだ。 「お前も入るか?」 証は意地悪く笑ってそう言った。 「け、結構です! 背中だけ流させてもらいます!」  
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