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「少し残念だな、と思っただけですよ」
「…………え?」
意味を図りかねて柚子は不思議そうに五十嵐を見つめた。
「いえ、こっちの話です」
五十嵐はにっこり笑ってごまかした。
そこで柚子はハッと両手で口元を覆った。
「すみません、私、変な話ベラベラ一人で喋ってしまって…」
言いながら柚子の顔が今度は青くなってゆく。
五十嵐は笑って首を振った。
「あ、あの、すぐコーヒー淹れますから。五十嵐さんソファーで待っててください」
「あ……はい。どうもすみません」
軽く頭を下げた後で、五十嵐は柚子に背を向けた。
(……あんなことを言われたら、証も手は出せないな……)
そして証と柚子の間に何もなかったと知って、驚くほどホッとしている自分がいることに五十嵐は気が付いた。
チラッとキッチンに立つ柚子に目を向ける。
だがすぐに目を逸らし、腕を組んで唸るように深く溜息をついた。
(………これは、マズイな……)
自分の胸の奥深くに芽生え始めた気持ちを自覚した五十嵐は、軽く瞑目して首を振った。
証にとって、柚子が特別な存在なのだということもよくわかっている。
しかも柚子には色々な事情がある。
この年になってこんな気持ちを抱くことが非常に面映ゆくもあり、また煩わしくもあった。
そうしてまだ芽吹いたばかりの淡い想いを、心深くに封じ込めてしまおうと、この時五十嵐は心に決めたのだった。
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