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季節は新緑眩しい5月へと突入していた。
世間ではゴールデンウィークのちょうど真ん中だが、柚子にはあまり関係のない話だ。
証は風邪で休んだ分を取り返すといって、大型連休も関係なしに出勤している。
あの悪夢のようなダブルダウンから二週間あまり。
結局、証は三日熱が下がらず、計四日間寝込むハメになった。
『お前の体はやっぱり雑草並に頑丈だ』『俺は育ちがいいからデリケートなんだ』と散々厭味を言われ、あれが欲しいこれが欲しい、あれが食いたいあれが飲みたいと、柚子を朝から晩までこき使った。
ようやく熱が下がる頃には、柚子の中で一度上がった証の株も大暴落だった。
(………くっ。やっぱり生まれながらのお坊ちゃまだわ。我が儘が板についてる)
五日目の朝にようやく出勤した証を見送った時には、柚子は疲れ切ってぐったりと一時間はソファーから動けないでいた。
それもこれも自分のせいなので自業自得なのだが、柚子が倒れた時の優しかった証とのギャップがあまりにも激しくて、かえって心労が増す形となった。
(あれは幻だったんだわ。……そう思わないと今後何かあった時にショックが大きすぎる……)
そう気持ちを切り替えて、ようやく5月に入りこの生活に慣れ始めた、そんな矢先のことだった。
そろそろ夕飯の買い物に出掛けようかと腰を浮かせた、ちょうどその時だった。
ピンポンと軽快に呼び鈴が鳴らされた。
柚子はそのままインターホンのモニターへ向かう。
モニターには若い女性が映し出されていた。
「どちらさまですか?」
事務的に尋ねると、しばらくの沈黙の後で探るような声が返ってきた。
「あなたこそ、どなたですの」
上品な、それでいて詰問するような強い口調だった。
まさか聞き返されるとは思わずに、柚子は面食らう。
「……あのー…」
「どなたかと聞いているのです。答えないと不法侵入で警察を呼びますわよ!」
警察という言葉に狼狽して、柚子は慌ててドアを開けた。
ドアの前には柚子と年の変わらないぐらいの女性が立っていた。
腰まで流れる黒髪、猫のような印象を与えるわずかに吊った目尻、だが鼻は高く、色も白く、そこそこの美人と言えた。
柚子を見て、その猫のような目が警戒するような色を帯びる。
女性はグイと玄関の中に入り、後ろ手に強くドアを閉めた。
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