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「今日はもう帰っていただいて結構ですわ」
「………………はい?」
柚子はこれ以上はないという程眉間に皺を寄せた。
「ですから、今日はもう上がっていただいて結構ですと言っているのです」
「け、結構です……って……」
柚子は惚けたように女性を見つめた。
帰っていいと言われても今現在の柚子の住居は他でもない、この家なのだ。
「お荷物はこれかしら」
女性は意に介さない様子で、リビングに置いていたバッグを掴んで柚子に押し付けた。
そのままグイグイと玄関の方へ押しやられるので、焦った柚子は肩越しに女性を振り返った。
「ち、ちょっと待ってください、困ります! まだ仕事終わってませんし……」
「仕事ってなんですの」
「何って……証……様の夕飯の準備です」
「それなら心配御無用ですわ。今日は証様とディナーに出掛ける予定ですから」
「…………………!?」
(………そんなの聞いてない!)
すっかりあたふたしている柚子を、女性はお嬢様とは思えないような腕力でとうとう玄関まで追いやってしまった。
「では、ご苦労様」
そう言ってにっこり笑うと、柚子をポイと家の外につまみ出し、バタンとドアを閉めてしまった。
柚子は茫然とドアを見つめる。
(………お、追い出されちゃった……)
混乱で痛む頭を押さえながら、仕方なく柚子はエレベーターへ向かった。
ゆっくりと頭の中で今起こった出来事を整理する。
(あの人は……証の婚約者……)
その事実を再確認した途端、柚子は無性に腹が立ってきた。
そんなものがいるなら、何故最初に言っておいてくれないのか。
聞いていればそれなりの対処のしようもあったのに。
いやそもそも、婚約者がいながら何故柚子を一つ屋根の下に住まわせたりするのか。
(………金持ちのすることってホンットにわかんない!)
腹立ちまぎれに柚子は、いつもより強めにエレベーターのボタンを押した。
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