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一番近くにあったファミレスに入り、三杯目のコーヒーに口をつけたその時だった。
バイブにしていた携帯がバッグの中で振動し始めた。
無意識に時計に目を向けると、7時を回ったところだった。
携帯の着信に証の名が出ているのを見て、柚子は動きを止める。
逡巡している間に一度電話が切れ、すぐにまたかかってきた。
柚子は躊躇しながら電話に出た。
「…………もしもし」
『……お前、今どこにいる?』
証の声は怒っている様子はなかった。
柚子は静かに携帯を握りしめる。
思ったよりも早く証から連絡がきたことに、喜んでいる自分がいた。
「マンションの近くの……〇〇っていうファミレス……」
「………………」
証はしばらく黙り込み、やがて小さな溜息が聞こえた。
『わかった。今からそっちに行く。そこで待ってろ』
「えっ? でも……」
柚子が続きを言う前に証は電話を切ってしまった。
茫然と携帯を見つめる。
(今から来るって……だって、婚約者とのディナーは……?)
そこで柚子はハッとした。
婚約者が家にずっといたなら、柚子の荷物やら何やらを目にして証の浮気を疑った恐れがある。
何故なら証は、柚子に「帰ってこい」とは言わなかった。
もしかしたらここで、柚子は契約解除を言い渡されるのだろうか……。
婚約者にバレたから、もう家には置いておけないといって……。
きゅうっと柚子の心臓が引き絞られたように痛みだす。
(………もしそうなったらどうしよう………)
行くアテなど、どこにもないのに……。
「おい」
その時、聞き慣れた不遜な声が頭上から降ってきて、柚子はハッと声の主を振り仰いだ。
「禁煙席なんかに座んじゃねーよ」
そう言って不機嫌そうに柚子の向かいに腰を下ろしたのは、証だった。
「………証………」
思いがけなく早い到着に、柚子は驚いて証の名を呟いた。
証は気に留める様子もなく、脇に立ててあるメニューをひょいと取り上げた。
「お前、飯食った?」
「え、ううん……」
「じゃあちょうどいいや。なんか食って帰ろうぜ」
「……………えっ!?」
柚子は目を丸くして身を乗り出す。
「だってあんた、婚約者とディナー行くんじゃないの?」
「………そんな予定入れた覚えねーよ」
証はメニューをめくりながら、素っ気なくそう言った。
柚子は訳がわからなくなり、ぼんやりと証を見つめる。
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