1929人が本棚に入れています
本棚に追加
夕食を終え、風呂から上がった柚子はリビングに証の姿がないことに気が付いた。
慌ててその姿を探すと、証は何故かベランダにいた。
柚子は窓を開けて顔を覗かせる。
証は手に酒の入ったグラスを持ち、ぼんやりした様子で夜景を眺めていた。
「………証? どうしたの?」
言いながらベランダに出て証の横に並ぶ。
証はチラッと柚子に視線を向けた。
「風に当たりたかった」
「………………」
柚子は黙って空を見上げる。
「七夕なのに曇っちゃったね」
「………そうだな」
「せっかく証も短冊書いてくれたのにな」
「あれはウケ狙いで書いただけだ」
「……………ふーん」
(………証もウケ狙ったりするんだ……)
少し意外で柚子は短く相槌を打った。
「でも証だったらなんか叶えちゃいそうだね、世界征服」
「………んなわけねーだろ」
証は呆れたように言い、小さく笑った。
柚子は証の横顔を黙って見つめる。
証の髪は緩く風に揺れていた。
「………ねぇ、証。なんか七夕の雑学教えて」
「は?」
「保育士になった時に子供達に教えてあげるの」
「……………」
証は手摺りに頬杖をつき、柚子の顔を見ながらニッと笑った。
「彦星と織り姫ってなんで離れ離れになったか知ってるか?」
「あ、そう言えば知らないや」
「元々二人はすごく働き者だったんだけど、結婚したらいちゃいちゃすんのが楽しくて、Hしまくって仕事しなくなって、で、神様の怒りを買って離れ離れにされたんだと」
「ち、ちょっと! もっと子供に言える話にしてよ!」
柚子が慌てたように声を荒げると、証は可笑しそうにクスクス笑った。
からかわれたのだと気付き、柚子は頬を膨らませて証から視線を外す。
だがすぐに真顔になってそこから見える夜景を見つめた。
「……でも、ちょっと羨ましいかな。そんな風に何かを忘れるぐらいの激しい恋愛ってしてみたいかも」
「………………」
証は何も答えず、静かにグラスに口を付けた。
その後、二人は口を開かず、黙って初夏の風に吹かれていた。
本格的な夏が訪れようとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!