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しばらく二人は黙ってそこから見える夜景を眺めていた。
空気が澄んでいるのか、今日は星もよく見える。
街の灯と星空の境目が分からない。
確かにこんな景色を見ていたら、自分の悩みなんて小さいものだと思うかもしれないなと、柚子はぼんやりとそう思った。
「………五十嵐さんでも、自分に自信が無くなったりするんですね」
「………勿論です」
「なんか意外です。五十嵐さんて、大人で、気配りが出来て、完璧って感じなのに」
「………………」
五十嵐は不意に黙り込み、強くハンドルを握りしめた。
「それは……そう見せてるだけです。狡い大人っていうだけですよ」
「…………え」
「本当の俺は、全然完璧なんかじゃありません」
五十嵐が「僕」ではなく「俺」と言ったことに柚子は気がついた。
そして同時にそれは、本音を話している証拠なのだということも。
「………俺だって、普通の男です。好きな子が傍にいたら、触れたいと思うし、抱きしめたいと思う……」
そう言って五十嵐はゆっくりと柚子に目を向けた。
柚子は困惑したように五十嵐の顔を見つめている。
それに気付いた五十嵐はハンドルを抱えるようにして、ニコッと微笑んだ。
「でも結局、臆病だからそんなことできないんですけどね」
そうして静かに柚子から夜景に目を移した。
「………そんな普通の男なんですよ、俺は」
自嘲の滲んだ五十嵐の言葉に、柚子はますます混乱した。
………もしかしたら五十嵐は、苦しい恋をしているのかもしれないと……端正な横顔を見つめながらそう思った。
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