第1話 プロローグ

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 その夜は新月で、晴れ渡った夜空に星たちだけが美しく瞬いていた。東京郊外の深い林の中、暗がりを急ぎ足で進む人影があった。林を抜けて町はずれに出た時、道端の電柱に付けられた裸電球で照らされたその姿は異様であった。  頭からすっぽりと特殊な毛皮で作った赤いマントを身にまとっていたのだ。赤い皮手袋をはめた右手には大きなボストンバッグを下げ、胸元でかすかに開いたマントの隙間からは眠った赤子の頭髪のようなものが見えた。だが、その人影の頭の部分を覆うマントの影に潜んでいるはずの顔はなく空洞だった。  その異様な人影は人通りの絶えた深夜の街路を闇の部分を縫うように走り抜けて、大きな建物の前で立ち止まった。「ひかり学園乳児部・児童部」と書かれた看板のある鉄格子の門は閉ざされていた。だが、前庭を隔てて樹々の間に見える建物一階の玄関脇の窓には明かりが灯っていた。その人影はボストンバックを門の前に置くと、呼び鈴を押した。 「はい、どなたでしょうか」  しばらく間を置いてからインターホーンの向こうで年配の女性の声が応じた。 「わたし、ある事情で子供を手放さなければなりません。この子をよろしくお願いいたします」  女性の声だった。玄関のドアが開いた時、その人影は風のように走り去って行った。  赤いマントの人影は再び林の中を疾走していた。そのとき行く手を阻むように二つの黒い人影が現れた。これも特殊な毛皮で作られた黒いボディースーツに黒いマスクを頭からすっぽり被っていたが、二つとも眼の部分は空洞だった。
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