第1話 プロローグ

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 ふたつの黒い影が左右に飛んだ。赤いマントの女は林の奥へ走りこむと身を翻して崖を滑り降りた。下は川が流れていた。女は河原を懸命に走った。黒い影が執拗に追いかけてきた。追いつかれそうな距離になったとき、女は振り返りざまに手にした銃を撃ち放った。黒い影がひとつ河原に突っ伏した。もう一つの黒い影はその倒れた影の横に膝まずいて、銃を撃って応戦した。だが、その間に女は暗闇に姿を消した。流れの速い川面には赤いマントと人形の首が浮かび、そして見えなくなった。  その頃、ひかり学園では園長の川島智子とインターホーンに出た職員の女性が門に置かれたボストンバックを発見していた。職員の女性が半開きになったボストンバックを覗くと生後三か月ほどの赤子が眠っていた。ふたりは抱きかかえるようにしてボストンバックを園長室に運びこんだ。ボストンバックから取り出した赤子の右腕には赤い御守りが結ばれていた。園長がそれを手に取って中を覗くと小さな紙が折りたたまれて入っていた。園長はそれを開いて声を出して読み上げた。 「名前は朝倉晶子。平成八年一月三日生まれ。父親は朝倉鉄心(盲目の画家二三歳で死去)、母親は朝倉霞(生霊族=インビジブルトライブ出身二十歳)」 「生霊族?インビジブルトライブ?何のことでしょうか、園長」  職員の女性が首をひねりながら園長の顔を伺った。 「さあ、何のことでしょうか。インビジブルトライブとは透明種族という意味でしょうが、はたしてそんなものがこの世の中にあるのでしょうか。きっと、父親に先立たれて少し頭が変になった母親がこの子をここに捨てたのでしょうね。明日、乳児院への入院手続きを取ってください。名前は朝倉晶子、年齢は生後三ヶ月ということです」  職員は園長のその言葉に一礼して、晶子を乳児部の寝室へボストンバックに入れて運んで行った。
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