秋の夜長

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呼び鈴を押すと、すぐに部屋の奥から「はい」という返事が返ってきた。 柚子はぴっと姿勢を正す。 「………橘ですけど」 窺うように声をかけると、しばらくしてドアが開き五十嵐が顔を覗かせた。 少し驚いたように柚子の顔を見つめる。 「…………柚子さん?」 「こんにちは。すみません、突然……」 「いえ、それはいいですけど……」 パーカー姿の五十嵐は、少し面食らったように頭を掻いた。 「また、証と何か……?」 「え、いえ」 柚子は慌てて手を振る。 「今日は借りてたパジャマとお金を返しに来たんです」 「…………ああ」 そこでようやく五十嵐は笑顔を見せた。 「わざわざ来ていただかなくても、証に預けてくれたらよかったのに」 「………でも、ちゃんと直接お礼を言いたくて……」 柚子はそこでぺこりと頭を下げながら紙袋を差し出した。 「あの時は本当にお世話になりました」 「いえ。無事に仲直りできたみたいでよかったです」 紙袋を受け取りながら、五十嵐は一歩下がって大きくドアを開けた。 「まあ、立ち話もなんですからどうぞ上がってください」 「あ、いえ。今日はこれで失礼します」 柚子は顔を上げて首を横に振る。 「証にもすぐに帰ると言って出てきたので」 「…………そうですか」 一抹の寂しさが五十嵐の胸を過ぎった。 せっかく思いがけず顔を見られたというのに、すぐに別れなければならないのがひどく残念だった。 柚子はもう一度深く頭を下げた。 「それじゃあ、これで失礼します。本当にありがとうございました」 「……………あ」 踵を返しかけた柚子の手首を、五十嵐は無意識に掴んでしまっていた。  
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