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柚子は無意識にぶんぶんと首を横に振ってしまっていた。
「証との生活は、私が自分で決めたことだもん。───やめるのも続けるのも、私が決める」
そこまで言って、再び柚子の目に涙が溢れ出した。
「まだ証の口からは何も聞いてないもの。……決めるのは、それからでも遅くない」
力強い柚子の言葉を聞き、奈緒子は何か言いたげに柚子の顔に見入った。
しかし何も言わず、やがてふっと苦笑を浮かべた。
「全く……頑固なのは父親譲りかしらね」
そう言うと、奈緒子は柚子の前に置かれたままだった自分の名刺を引き寄せた。
ペンを取り出し、それにサラサラと何かを書き始める。
「わかったわ。でも、何かあったらすぐに連絡してちょうだい。今はそこのホテルにいるから」
返された名刺には携帯番号と、ホテルの名前と部屋番号が記されていた。
奈緒子はチラリと腕時計に目を走らせる。
「もう少し話をしたかったけど、そろそろ戻らなきゃ」
「…………あ」
「会えて嬉しかったわ、柚子」
笑いながらそう言い、奈緒子は伝票を手にして立ち上がった。
「近々、御飯でも食べに行きましょう。必ず連絡してね」
「……………うん」
柚子は遠慮がちに頷いた。
それを見た奈緒子はもう一度微笑んでから、派手なコートを翻して出口へと歩いて行った。
ぼんやりと柚子はその後ろ姿を見送る。
やがて奈緒子の姿が見えなくなると、柚子はじっと握られたままの名刺に目を落とした。
母親との再会なんて、家を出た時には想像すらしていなかった。
だがそれ以上に、母から告げられた真実はもっと予想外のことだった。
くらっと激しい眩暈に襲われ、柚子は目元を押さえながらしばらくその場を動くことができなかった。
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