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家に戻り、リビングに足を踏み入れたその時だった。
その気配に気付いた証が、勢いよくソファーから立ち上がった。
右手には携帯が握られている。
柚子の顔を見てほんの一瞬安堵したような表情を見せたが、すぐにその目尻を険しくし、携帯をソファーに叩き付けた。
「一体こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ!」
「……………」
「携帯にも出ねーし途中から電源切りやがって、ナメてんのかよ!」
柚子はゆっくりと証の顔を見上げた。
証はハッと息を飲む。
柚子の目は泣き腫らしたように真っ赤だったのだ。
「何か……あったのか?」
探るように問うと、柚子は無言で俯いた。
重苦しい沈黙が二人の間を漂った。
「おい、橘?」
イライラしたのか、促すように証は語気を強くした。
柚子は顔を上げ、真っ直ぐに証の顔を見つめた。
「私……知っちゃったの」
「………………」
証は怪訝そうに眉を寄せる。
意味がわからないのか、無言だった。
柚子は更に続けた。
「15年前の談合事件のこと、私、全部聞いたの」
「───────!!」
証は愕然としたように大きく目を見張った。
ゴクリと息を飲む音までが、柚子の耳朶まで届く。
随分長い間、二人は睨み合うように視線を交わしていた。
「お前……誰からそれを……」
「……………」
「まさか、また是枝が来たのか……!?」
「────誰に聞いたかなんて、今はどうでもいい!」
柚子は強い瞳で証の目を射抜いた。
証はギクッとしたように黙り込む。
柚子の様子に、珍しく気圧されたようだった。
「………それを教えてくれた人は、私が幼少から苦労したのは全部成瀬のせいだって言ったわ」
「………………」
「証のお父さんが、15年前の談合事件の罪を、私のお父さんになすりつけたからだって」
そこまで聞いた証は、ふらりと力ない様子でソファーに腰を下ろした。
目の焦点が定まっておらず、激しい動揺が窺い知れた。
柚子はぎゅっと強く目を瞑る。
そうしないと、一度緩み切った涙腺から涙が零れそうだったからだ。
なんとかそれを堪え、目を開ける。
「私……証の口から本当のことが聞きたい」
その言葉に、証はゆっくりと柚子を見上げた。
今までに見たこともない程その顔は蒼白で、苦渋の色が滲んでいる。
その様子はどこか諦観しているようにも見えた。
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