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恐る恐る振り返る。
名を呼んだのはどうやらこの派手な女性らしい。
だが確信が持てず、柚子は黙ってその女性を見つめた。
「あなたまさか……橘 柚子?」
女性はぷっくりとした妖艶な唇を動かしてそう言った。
フルネームまで呼ばれては、返事をしない訳にはいかない。
柚子は一拍の躊躇の後、頷いた。
「…………そうですけど」
柚子の返事を聞き、その女性は息を飲んだ。
そうして震える手で口元を覆った。
「……まあ。……信じられない」
何故か、声までも震えていた。
柚子は反射的に一歩後ずさる。
「………あのー……」
訝しげに声をかけると、女性はハッとしたようにサングラスを取った。
その目を見た柚子は驚いて立ちすくんだ。
女性はうっすらと涙ぐんでいたのだ。
「わからないのも無理はないわね。あなたはまだ子供だったもの」
「………………」
「私は………」
その女性は一度何かを言いかけて、逡巡するように言い淀んだ。
考え込み、瞳をさまよわせ、意を決したように口を開いた。
「私の名前は、奈緒子。……これで、わからない?」
柚子は頭の中で『奈緒子』という名を何度か反芻した。
そうして古い記憶の奥底でその名前に行き着いた時、柚子は弾かれたように顔を上げた。
「………お、お母さん……!?」
上擦る声でそう叫ぶと、奈緒子は嬉しそうに口元をほころばせ、その目からは涙が溢れ出した。
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