閑 話:吉田稔麿という男

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桂は込み上げる怒りを、深呼吸してやり過ごす。 「…それがお前の目的だったのか…」 「まぁね」 見るからに機嫌の悪い桂を尻目に、吉田は愉快そうに先を続けた。 「どのくらいの兵を使った場合、幕府はどんな動きを見せるか。そして、互いにどのくらいの人間が死ぬか。それが知りたかった」 「その為には…仲間が犠牲になっても構わないと?」 「仲間?何それ?僕に仲間なんて存在しない。僕の力を欲しいと請うから、助言してやっているだけ。幕府の人間も、長州の人間もみんな同じ。例えどっちかが死んだって…気にもならない」 「……とし…まろ…」 ギリリと、桂は奥歯を噛み締める。 「ああ、怒らないでよ。これでも幕府を潰したい気持ちは一緒だよ?奴らさえ滅びれば…後はどうだっていいんだ」 「こんな世界」と、吉田は自嘲気味な笑みを浮かべて語った。 その彼の様子に、桂は亡き松陰を思い出し、何も言えなくなってしまう。 彼がここまで歪んでしまったのは、尊敬してやまなかった師を失った為。 稔麿のやり方は、決して正しいとはいえない。だが、傷ついている彼を責める資格もない。 「ねぇ、さっきの質問だけど。殺された長人は、いったい何人ぐらいだった?」 桂が落ち着いたのを見計らい、吉田は再び尋ねた。 しかし、桂の意外な答えに目を瞠ることとなる。 「誰一人死んじゃいない」 「……一人…も?」 「ああ、誰一人…だ」 まさか。と、思った。 そんな、誰も死ぬことなく済むなんてありえない、と。 「……ちっ…逃げたのかあいつら…」 可能性があるなら、戦わず逃亡したと考えた方が妥当だろう。 だが、桂はもっと驚く内容を口にした。 「華乃が逃がしたんだ」 吉田の目が限界まで開かれる。 「…華…乃?」 「ああ。おかげでこっちは、無駄な被害が出なくて助かった。彼女には感謝してる」 桂がそう言った瞬間… 「華乃…っ…なんで!なんであの子が出てくるんだ!?」 今まで冷静だった吉田が、突然声を荒げて叫んだ。
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