閑 話:吉田稔麿という男

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大事だった 『稔麿』 誰よりも大切だったんだ… 『私も連れていって…』 今にして思えば、それが初めての頼みごとだったかもしれない。 『私も一緒に』 あの頑固で意地っ張りな娘の 『先生の仇を討ちたい…』 最初で最後の願い。 けれど自分は 『君は弱いから駄目だ』 足手まといだと、邪魔になるからと、酷いことを言って突き放した。 それ以来、彼女とは会っていない。 「桂…小五郎…。華乃を戦場に立たせたのは…あんた…か?もし、そうなら…………殺す…」 桂が息を呑んだのが分かった。 僕が怒ると思ってなかったのか?冗談じゃない。 (ほんと…冗談じゃない…) ある日、道場に転がり込んで来た風変わりな女の子。名は小倉華乃と名乗り、いつのまにか、門下生の自分達と溶け込んでいた。 彼女は泣かない娘だった。 だから余計に泣かしたくなって、日々苛めていたものだ。 自分のどんな嫌味にも堪えなかった華乃。しかしそんな彼女も、あの時ばかりは泣いていた。 先生が処刑されたあの日… 『い…や…だ…せんっせぇ…せんせいぃぃい…!ぅわわあぁぁあぁぁ…!ぁぁああぁあ…っ』 胸が締め付けられた。 松陰先生を殺した幕府は憎い。だがそれ以上に、彼女を泣かせた奴らが許せない。 だから壊そうと思った。 奴らを、跡形もなく。 それであの子が元気になるなら、と。 なのに、あの華乃が幕府と長州のいがみ合いに関わってるなんて、これじゃあ何の為に、傷つけてまで突き放したのかが分からない。 ただ、安全な場所にいて欲しかっただけなのに…! 「稔麿…お前、晋作から何も聞いていないのか…?」 桂がおもむろに口を開いた。 「…高杉さんは…華乃についてだけは何も教えてはくれない…」 『悪ぃな稔麿。これは華乃との約束だから』 自分の所在を決して告げるな、という。 華乃から口止めされてるから言えないと、高杉は絶対に口を割らなかった。 「…桂さん、貴方も知ってるんだよね?華乃は…今、何をしてる?」 しばらくの沈黙後、桂はやれやれと溜め息をついた。 「まったく…晋作も教えてやればいいものを…」 「…桂さん」 「わかってる。そう急かすな」 イライラと先を促すと、彼はようやく望む答えをくれた。 「あの子は今、新撰組にいる」  
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