第1話

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俺は、自分の無知を悔やんだ。 「航平の病気のことで、ずっと悩んでいる私を置いて、他の女に逃げた彼が憎かったわ。 でも、彼が亡くなってしまった今、その怒りをぶつけることもできない… つらくて何度も航平と死のうと思ったわ。 でも、あの子を見たらとてもそんなことできない。 今の私には、あの子が全てなの――! もし、あの子を失うようなことがあれば、私は…」 振り絞るようにそう叫ぶ彼女を、俺はいつの間にか抱きしめていた。 同情だったかもしれない。 それでも、彼女を愛おしいと思ったんだ。 春菜は一瞬体を強張らせたが、俺を拒まなかった。 彼女を救いたい。 航平を救いたい。 そして、俺も救われたい… 俺は、誰かに取ってかけがえのない存在でいたかった。 あの頃のように、人に頼られる人間でいたかった。 誰かのために、生きたかった―― 1年後―― あれから、難関と言われる手術を受け無事に成功した航平は、晴れて小学校に入学した。 俺が監督を務める野球スクールにも元気に通っている。 はつらつとした彼の笑顔が、今の俺にとって一番の励みだ。 「おまえも、いよいよ年貢の納め時か」 久々に会った木山に小突かれ、俺は実感する。 深い哀しみの先に見出した希望の光が、これからの俺たちを優しく照らしてくれるだろう。 隣で微笑む春菜と、今腕に抱く小さな航平が、俺の生きる道だ。 見上げれば、あの頃と同じ青い空がある。 康祐―― 見ているか? 俺はやっと、新しい一歩を踏み出すことができた。 おまえが信じてくれた本当の自分に出会うことができた。 いつかまた会う日には きっと、 夢の続きを語ろう―― 完
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