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「私がそうだから。
懸命に生きる彼に、精いっぱいの嘘で返すしかできない無力な私だけど…」
目に涙を溜める彼女を見ながら、俺は妙な息苦しさを感じていた。
誰にも言えなかった胸の内を、俺はどうして見ず知らずの女に話しているのだろう?
さっきまで大橋から飛び降りるのではと思っていた、隣に立つこの女性に。
ただ、俺は心地よかったんだ。
彼女を励ます気など、さらさらない。
俺は世間で思われているような、いい奴なんかじゃない。
普段の自分を知らない誰かに、俺はずっと胸の内を聞いてもらいたかったんだ――
彼女とは、航平の様子を見に自宅を訪れた時に、何度か河原で顔を合わせるようになった。
相変わらず、航平の自宅は誰もいる気配はない。
電話で話す母親の歯切れの悪さに苛立ちを感じながらも、俺は彼が心配だった。
その日も、河原で土手に座る彼女を見かけ、一瞬やり過ごそうかとも考えたが、意志とは別に、足は彼女の方へ向かっていた。
「やあ」
突然背後から声をかけられた彼女は、ビクンと肩を震わせおそるおそる顔を上げる。
そして、俺の顔を見てあっと言う表情を見せた。
これまでにも顔を合わせたと言っても、軽く会釈をする程度で会話を交わしたわけではない。
そんな俺が、突然丘を下ってまで話しかけてきたことに驚いたのだろう。
だが、彼女はすぐに表情をあらため、口元にふんわりと笑いを浮かべた。
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