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見上げたそこには、予想通りの顔があった。
「木山に連絡先教えといたのに、全然連絡くれないんだもの」
ぷうっと頬を膨らませ、丘を下りて駆け寄ってくるさえらに、俺は小さくため息をつく。
だが、この時靖司の頭で何かが弾けた。
無償に、横にいる彼女を傷つけたい衝動に駆られる。
この感情が何なのかわからないが、いつもこの河原に来てネガティブな話をする自分を払拭させたいそんな思いなのだろうか。
「さえら、今夜ヒマ?」
突然顔を上げ笑顔を向けた俺に、最初は驚いた表情のさえらだったが、すぐに顔を上気させ腕に手をからめてくる。
安い女だな。
俺は内心舌打ちしながらも、彼女に挨拶もせずに、さえらを伴って丘を上がっていく。
俺が一緒にいた彼女を捨てたとでも思ったのだろうか。
さえらは、そんな彼女を一瞥し、「失礼」と得意そうな笑みを浮かべた。
実に鼻に着く女だ。
「ワルイ、俺これから用があ
ったわ」
もう彼女の目に入らないところまで来ると、俺はさえらの手をぞんざいに振りほどき、こともなげに歩き出した。
「ちょっ…!な、なに!?」
顔を真っ赤にして背中を追ってくるさえらに、俺は一度も振り返ることもなく、空っぽの頭でただ黙々と歩き続ける。
最低なのは、俺の方だな。
木山の言う通りだった。
中学の頃も、高校卒業してからも女性との付き合いは奔放な方だった。
だけど、一度として相手を陥れようなどと考えたことはない。
その相手に好意があったし、別れる時だって精いっぱいの思いやりを示してきた。
恵にフラれて、自暴自棄になった時期もあるが、今みたいに女をあえて傷つけたことなどなかった。
相手が、あのさえらだからか…
高校時代を知る彼女だからなのだろうか?
いや、違う。
俺は本当に心底クズな男になってしまったのだろう。
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