第1話

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なぜ河原で会う彼女に、あんな態度を取る必要があったのか。 彼女は、別に俺が他の女といても気にも留めないだろう。 俺たちの間には男女の感情は一切ない。 それは明白だ。 ただ、俺は怖くなってきたのかもしれない。 彼女に会うたび、過去を思い出し、心の声を口にし、知らなかった自分の本心を知り始めたことが。 暗い影を背負った彼女との短い会話に、次第に癒されていく自分が。 俺はいつだって、チャラい男のまま生きていけばいいんだ。 本当の自分など知りたくもない。 その焦りと憤りが、しだいに彼女への苛立ちと変わっていくのだった。 「おい、お前何やってんだ? さえらから何度も電話で文句言われてんだぞ。 あいつだからって、何やってもいいわけじゃねえだろう? どうしちまったんだよ、いったい」 案の定、その夜怒り声の木山から電話がかかってきた。 「すまん、ちょっとしくじった。 迷惑かけて悪かったな」 そう言いながら、いつもなら文句を言って正すのは俺の役目だったことを思い出す。 愛想のない康祐が、言い寄ってくる女につれなく対応するのを、俺はいつも取り成してきた。 「適当に合わせておけ」 そう忠告すると、あいつはそれなりに頑張って対応したが、容量を超えるといつもブチ切れて振り出しに戻る。 その繰り返しだった。 思わず漏らした笑いに、木山の怒りがさらにヒートアップしていく。 でも、あいつと俺は違う。 康祐は、気がない女に、ただ気がないと伝えるだけだ。 俺は、その気持ちを利用して都合よく弄んでいる。最悪だ。 「もう、主将の威厳もクソもねえよな…」 ボソッと呟いた俺の言葉に、電話の向こうの木山の罵声が止む。 「靖司… おまえは俺をバカにしてるかもしれねえけど、何かあれば聞くぜ。 康祐だけじゃなく、俺だって同中からの仲間だって忘れないでくれよな」 そう言ってプッツリ電話が切られた。 ――俺は本当に最低じゃねえか 木山の気持ちにも気づかず、自分一人が傷ついているような面をして。 「俺のいる空に、あいつはいないな…」 そのままベッドに横になり、そっと目を瞑った俺の脳裏には、なぜだか河原で会う彼女の横顔が映し出されていた。
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