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それから何度かあの河原に行ってみたが、彼女と顔を合わせることはなかった。
別にこれまでだって、こんなことはあった。
特に約束をしているわけじゃないし、考えてみれば俺は彼女の名前すら知らない。
歳も、どこに住んでいるのかさえも…
思えば不思議な関係だった。
あの日から、木山からも何の連絡もない。
みんな俺を見限ってしまったのかもしれない。
いっそその方が気楽でいい。
これ以上みっともない自分を周囲にさらけ出すのはまっぴらだった。
そう思いながらも、俺はやるせない何かを胸に抱えつつ、自分の中で航平を理由に今日も河原へと自転車を走らせる。
いつも彼女が座っている河べりをざっと見渡したが、その姿はなかった。
「何やってんだか、俺は…」
一人で河原に腰を下ろす気にもなれず、一息ついた俺は、もと来た道を戻ろうと自転車の向きを直す。
「あ…」
ふと、目の前に驚いた表情をした彼女の姿があった。
俺は何の言葉も発することができずに、ただ茫然と彼女を見つめていた。
「心配だったの。
この間会った時、ちょっと様子がおかしい気がして…」
いつもの指定席に腰を下ろすと、しばらくして彼女がそう切り出した。
「この間」とは、さえらと消えた日のことだろうか。
あの時の俺の無礼を彼女は逆に心配してくれていたと言うのか。
「高校の…同級生なんだ」
何の言い訳か、決まり悪そうにそう呟く俺に、彼女は薄い笑顔を浮かべてゆっくりと頷いた。
「よかった。
また会えて。
あなたとここで会って少し会話をするのが、いつの間にか私の息抜きになっていたから…」
息抜き――?
「俺は、米倉靖司って言うんだ。あなたは…」
俺がそう言いかけた瞬間、彼女の元へ飛び込んでくる人影に気づいた。
「ママ―!!」
驚く俺の(彼女の)前に現れたのは、何とあの航平だった。
「ママ…?」
彼女が航平の母親――?
「あれ?監督だ!米倉監督だー!」
こっちの感情などお構いなしに、微笑む彼女の前で航平は満面の笑顔を向けてくる。
「航平の野球クラブの監督さんだったんですね?」
少し驚いた表情を見せた彼女だったが、すぐに慌てたように態勢を立て直した。
「は…はい。
米倉といいます」
何がなんだか正直わからなかったが、俺も彼女も戸惑いを隠しながら、間ではしゃぐ航平をただ茫然と見つめていた。
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