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彼女はきっと、航平が野球をやる間、ずっとあの河原で過ごしていたのだろう。
思えば康祐の母親も、保護者で溢れかえるスタンドに一度も姿を見せたことはなかった。
それは、母親にしかわからない苦悩なのかもしれない。
「航平は、あとどれくらい生きていられるんですか?」
俺の問いに、彼女は一瞬ピクリと体を震わせたが、やがてゆっくり顔を上げ、俺の顔をしっかりと見据えた。
「手術を受けなければ3カ月…
でも、手術を受けても助かる可能性はかなり低いと言われています」
産まれて来てから、何度も覚悟を迫られる瞬間があったのだろう。
彼女は取り乱すわけでもなく、口調ははっきりとしていた。
「でも、主治医は最後まで奇跡を信じると言ってくれて…
航平のことも励ましてくれて、野球も行ける範囲で行くようにと…
彼は昔、航平と同じように心臓に疾患を抱えた患者を持っていて、その彼に教えられたと言っていました。
野球を勧めたのも、その患者の影響があるようで…」
その瞬間、俺の頭に稲妻が走った。
康祐だ――
その主治医は康祐のことを知っている。
俺はそう直感した。
「俺も奇跡を信じたい。
人生も野球と同じだと思うから。
9回ツーアウトからでも、起こせる奇跡がある。
俺は、航平にこれからも野球を教えたい。
だから、彼と一緒に闘うつもりです」
俺は、きっぱりと彼女にそう言い放っていた。
彼女の目からは、止めどない涙があふれ落ちる。
奇跡を信じるのは、現実を直視できない男の特権なのかもしれない。
それでも、何度も倒れながらも、歯を食いしばり、死の淵から這い上がる友の姿が脳裏に焼き付いている。
「ありがとう。
私も、航平の奇跡を信じます」
目に涙を溜めながら、テーブルの上でギュッと手を握る彼女に、俺は小さく頷いていた。
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