第1話

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彼女はきっと、航平が野球をやる間、ずっとあの河原で過ごしていたのだろう。 思えば康祐の母親も、保護者で溢れかえるスタンドに一度も姿を見せたことはなかった。 それは、母親にしかわからない苦悩なのかもしれない。 「航平は、あとどれくらい生きていられるんですか?」 俺の問いに、彼女は一瞬ピクリと体を震わせたが、やがてゆっくり顔を上げ、俺の顔をしっかりと見据えた。 「手術を受けなければ3カ月… でも、手術を受けても助かる可能性はかなり低いと言われています」 産まれて来てから、何度も覚悟を迫られる瞬間があったのだろう。 彼女は取り乱すわけでもなく、口調ははっきりとしていた。 「でも、主治医は最後まで奇跡を信じると言ってくれて… 航平のことも励ましてくれて、野球も行ける範囲で行くようにと… 彼は昔、航平と同じように心臓に疾患を抱えた患者を持っていて、その彼に教えられたと言っていました。 野球を勧めたのも、その患者の影響があるようで…」 その瞬間、俺の頭に稲妻が走った。 康祐だ―― その主治医は康祐のことを知っている。 俺はそう直感した。 「俺も奇跡を信じたい。 人生も野球と同じだと思うから。 9回ツーアウトからでも、起こせる奇跡がある。 俺は、航平にこれからも野球を教えたい。 だから、彼と一緒に闘うつもりです」 俺は、きっぱりと彼女にそう言い放っていた。 彼女の目からは、止めどない涙があふれ落ちる。 奇跡を信じるのは、現実を直視できない男の特権なのかもしれない。 それでも、何度も倒れながらも、歯を食いしばり、死の淵から這い上がる友の姿が脳裏に焼き付いている。 「ありがとう。 私も、航平の奇跡を信じます」 目に涙を溜めながら、テーブルの上でギュッと手を握る彼女に、俺は小さく頷いていた。
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