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「ずっと、引っかかっているんです。
あいつは、誰かに止めて欲しかったんじゃないかと。
もういいんだ、先の未来を生きようと、誰かが言ってくれるのを待っていたんじゃないか…」
初めて会った時から、仲間の俺たちにさえ、どこか心を閉ざすようなやつだった。
最初はとっつきにくい奴だと思ったが、そうではなかった。
誰よりも真剣に野球と向き合い、仲間を思う男だと俺はすぐに気付き、少ないあいつの発言の一つ一つに偽りのない真実を感じた。
こいつになら、俺は本心を口にすることができる。
普段はいい加減に見られがちだが、心の奥底にある繊細な部分を見せられる『心友』を俺はいつだって渇望していたんだ。
康祐は、俺が初めて出会った信じあえる友だった。
「小西から…康祐の最後の言葉を見せられて、俺は体が動かなくなった。
生きているうちに、その叫びを引き出してやることができれば…ずっと、悔やんでいます」
拳を震わせ、いつの間にか山下医師の前で嗚咽を漏らして泣いている自分がいた。
「飲むか」
しばらくして、突然席を立った山下医師は、ポットから何かを注ぎ入れたカップを二つ手にして戻ってくる。
湯気が立ち上るその中身は、ココアだった。
「医師がこんな甘ったるいもん飲んでると呆れたか?」
そう言って自虐的に笑いながら、山下はズズズっとカップをすすって、満足そうに頷く。
「康祐が、糖尿に気をつけろと、よく忠告していたな」
そう言って、遠い目をした彼の視線の先には、眉間にしわを寄せて苦言を呈する康祐の姿がはっきりと映し出されているのだろう。
「実は、あいつと最後に飲んだのが、このココアなんだ。
一度くらい先生に付き合ってやると言ってくれてね。
その翌朝だ。
あいつは、眠るように空に帰って行ったよ」
そう言った途端、彼はカップのココアを一気に飲み干し、くるりと俺に向き直った。
「君が責任を感じることは一切ない。
康祐の親友として、最後まで立派に役目を果たしたと胸を張って欲しい。
さっきも言ったが、あいつは君のことを心から信頼していた。
小さい頃から康祐を見てきた俺は、そんな友達があいつにできたことが嬉しかった。
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