48人が本棚に入れています
本棚に追加
最後の晩、あいつはここで、君が座っているその椅子に座って、こう言ったんだ。
『野球は勝敗がすべてではなかった。だから、俺は負けたわけじゃない。
でも、先生は勝てよ。
奇跡を信じる医者も悪くない。
先生と親と親友のお陰で、最後まで闘えた。思い残すことはない。
この恩は、次世で必ず返す』
…そう言って、笑ったよ」
胸が張り裂けそうだった。
それがあいつの生き方なのか?
そんな風に、おまえは割り切ることができるのか――?
何かを言いかけた俺を遮るように、山下は言葉を続ける。
「君が初めて康祐の病気を知った時から、彼が死ぬまでの時間は、奇跡だったんだ。
彼はとても生きて、野球をやれるような身体ではなかった。
命をすり減らしたのではない。
消えた命の炎を、必死で燃やしていたんだ。
医師である以上、非科学的な発言をしてはならない。
だが、俺は医学では解明できない奇跡を、あいつに見たんだ。
それは、彼を想う君や周りの人間たちが巻き起こしたものでもある。
君は、康祐に命の灯を与え、彼を導いたんだ。卑下する必要はどこにもない。
小西に宛てた手紙は、あいつが最後に見た夢の続きだ。
次世で康祐が紡ぐはずの第二章だ。
あいつは、自分の人生の幕引きを、誰よりも知っていたよ」
最初のコメントを投稿しよう!