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数日後、俺は河原で春菜と会った。
連絡先を交換していない、奇妙なこの関係が、今の俺には居心地良く感じる。
「山下医師に会えてよかったよ。
俺は、知らぬ間に自分を追い詰めることで、過去から逃げようとしていた。
でも、今はしっかり受け止めることができた。
そして、わかったよ。
誰かの人生を変えることができるほど、俺は大物じゃないってことが」
そう言って鼻で笑う俺は、横顔に彼女の視線を痛いほど感じていた。
「そんなことない。
誰かのために、傷ついたり悩んだりできる人は尊いわ。
あなたは、いい人よ」
女性に面と向かって『いい人』と言われて、喜ぶ男がいると思っているのか。
まあ、彼女とはそういう関係ではないが、それでも女性には常に男として意識されていたい。
「春菜さんは、今でも亡くなったご主人を想っているの?」
よほど意外な質問だったのだろうか。
最初はキョトンとした顔の彼女だったが、見る見るうちに表情が強張ってしまった。
「ごめん、無神経だったね」
俺が詫びても、彼女はしばらく何も言わず、ただ一点を見つめていた。
「本当は…彼は病気で亡くなったんじゃないの。
交通事故…だったの」
震える声でそう呟く彼女に、俺は咄嗟に違和感を感じる。
交通事故なら、それほど隠し立てをする必要はないのではないか。
そう口にしかけたが、彼女の横顔がどんな質問も拒んでいる気がして、すぐに言葉を飲んだ。
「出張先でも事故でした。
でも、彼はその時他の女性といたの…
主人は即死だったけど、奇跡的に生き残った女性から、もう数年来の関係だったことを聞かされて…
出張も嘘だったんです」
突然の彼女の告白に、俺は言葉を失った。
確かに、初めて会った時から、彼女には人を拒絶するようなそんな雰囲気があった。
航平のことだけが理由ではないと薄々感じてはいたが、まさかそんな傷を背負っているとは夢にも思わなかった。
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