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「幼児チームの航平くん、しばらく練習に来てませんね」
コーチの原田に言われるまでもなく、俺は航平の長期欠席が気になっていた。
ここは、幼児から小学高学年までを時間帯別で指導する、いわば野球スクールのようなところだ。
指導者を目指すと決めた時、俺はまず少年野球にこだわった。
そしてその足掛かりとして、このスクールでの監督の話を引き受けたのだ。
できるだけ多くの子供たちと触れ合い、野球だけではなく、人として向き合える指導者としての能力を身につけたい。
俺はそう思っていた。
「事務の八木さんに電話させましょうか」
「いや、その必要はない。
俺が後で連絡してみるよ」
驚いたように目を見開く原田を横目に、俺は教官室を後にした。
このスクールでは、欠席時に連絡の必要はない。
だが、航平はすでに1カ月以上欠席が続いており、月謝を貰っている以上このまま見過ごすわけにはいかなかった。
この春年中に上がり、一番若年の幼児チームに入会してきた航平は、確か2歳の時に父が他界し、働く母親に代わり祖父が練習の送迎をしている。
その日最後となる高学年の練習を終え、俺は再び教官室に戻った。
日中ずっと消音にしていた携帯を取り出すと、何通かのメールの中に懐かしい名前を見つける。
木下恵――
それは高校時代の野球部のマネージャーからだった。
「元気にしていますか?
来月ボストンで結婚式を挙げることになりました。
年末会った時、式には必ず出席すると言ってくれたけど、仕事忙しいと思うし無理しないでね。
とりいそぎ報告まで。
靖司、いい人見つかったらの約束、忘れないでね」
結婚式――
俺は思わず携帯を机に投げ出し、フーッとイスに寄りかかる。
彼女は、俺たちの同期で今やメジャーリーガーの小西透と結婚する。
年末にその報告で帰国した時、並んで座る二人を見ても特別な感情は抱かなかった。
時折見せる恵の幸せそうな笑顔を見て、自分まで幸福な気持ちになったほどだ。
だが、あらためて『結婚式』というワードを聞くと、どうにもやるせない想いが胸に湧きおこる。
長く恋焦がれた恵の結婚は、思いのほか俺にダメージを与えた。
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