第1話

5/32
前へ
/32ページ
次へ
高校に入学するまでの俺は、恋愛は正直ゲーム感覚だった。 モテてる自分が気持ち良かったし、女子との会話の駆け引きも楽しかった。 付き合ってる女にフラれることもあったが、空席になった椅子にはすぐに他の誰かが座っていたので、特別傷ついた経験もない。 それが、恵に出会ってから俺の恋愛論は180℃変わった。 その他大勢の好意はなくても、たった一人から思われればいい。 恵にだけ振り向いて欲しい。 それまでの俺を知るやつが聞けば腰を抜かすような、そんな俺らしくもない願望が胸に溢れてくる。 だが、大切に思えば思うほど、俺は彼女への想いを口にすることができなかった。 そうやって封じ込めた想いは、彼女の幸せを願うことで、いつしか風化していくはずだった。 「俺らしくねえな……」 恵からのメールを見て、塞ぎかけた傷跡が一瞬開きかけるような錯覚を覚えたが、俺は気づかないふりをして、キャビネットから生徒の連絡網を綴ったファイルを取り出す。 「……斉木航平、これか」 記載されていた携帯番号に電話をかけるが、延々と呼び出し音が鳴り続けるだけで、一向に出る気配はない。 俺は、入会時に確認した登録データにもう一度目を通した。 『父』の欄が空白になっており、備考欄に『病死』と書かれている。 同居ではないが、わりと近くに祖父母が住んでいるようで、働く母親に代わって祖父が送迎をしているようだ。 正直、母子家庭では、それほど家計に余裕があるわけではないだろうに、なぜ5歳の子供にわざわざ野球を習わせているのか、俺には不自然に思える。 地元の少年団とは違い、ここはスクールとしてそれ相応のレッスン料をもらっている。 その分指導内容やアフターフォローは完備されているが、探せば他にも経済的に負担のないチームがあるだろう。 「余計なお世話か」 そこまで考えて、俺は思いなおしたようにファイルを閉じ、メールを開く。 「連絡ありがとう。 結婚式、必ず行くよ」 手早くメールを打ち、送信ボタンを押すと、俺はゆっくり目を閉じた。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

48人が本棚に入れています
本棚に追加