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高校に入学するまでの俺は、恋愛は正直ゲーム感覚だった。
モテてる自分が気持ち良かったし、女子との会話の駆け引きも楽しかった。
付き合ってる女にフラれることもあったが、空席になった椅子にはすぐに他の誰かが座っていたので、特別傷ついた経験もない。
それが、恵に出会ってから俺の恋愛論は180℃変わった。
その他大勢の好意はなくても、たった一人から思われればいい。
恵にだけ振り向いて欲しい。
それまでの俺を知るやつが聞けば腰を抜かすような、そんな俺らしくもない願望が胸に溢れてくる。
だが、大切に思えば思うほど、俺は彼女への想いを口にすることができなかった。
そうやって封じ込めた想いは、彼女の幸せを願うことで、いつしか風化していくはずだった。
「俺らしくねえな……」
恵からのメールを見て、塞ぎかけた傷跡が一瞬開きかけるような錯覚を覚えたが、俺は気づかないふりをして、キャビネットから生徒の連絡網を綴ったファイルを取り出す。
「……斉木航平、これか」
記載されていた携帯番号に電話をかけるが、延々と呼び出し音が鳴り続けるだけで、一向に出る気配はない。
俺は、入会時に確認した登録データにもう一度目を通した。
『父』の欄が空白になっており、備考欄に『病死』と書かれている。
同居ではないが、わりと近くに祖父母が住んでいるようで、働く母親に代わって祖父が送迎をしているようだ。
正直、母子家庭では、それほど家計に余裕があるわけではないだろうに、なぜ5歳の子供にわざわざ野球を習わせているのか、俺には不自然に思える。
地元の少年団とは違い、ここはスクールとしてそれ相応のレッスン料をもらっている。
その分指導内容やアフターフォローは完備されているが、探せば他にも経済的に負担のないチームがあるだろう。
「余計なお世話か」
そこまで考えて、俺は思いなおしたようにファイルを閉じ、メールを開く。
「連絡ありがとう。
結婚式、必ず行くよ」
手早くメールを打ち、送信ボタンを押すと、俺はゆっくり目を閉じた。
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