48人が本棚に入れています
本棚に追加
頭の上から、突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、俺は慌てて体を起こした。
「やっぱり、米っちだ!
実はさっきから見てたの。ずいぶんイケメンがいるなぁと思って。
嬉しい!高校卒業以来ね」
こちらの反応もお構いなく、大はしゃぎで駆け寄ってくるその派手な服の女に、見覚えがある気もするが思い出せない。
「忘れちゃったの?
私よ!さ・え・ら」
その名前を聞いて、頭で何かが鈍く動いた。
高校時代、何度か告られた女だ。
派手な取り巻きを連れて、甲高い声で笑う姿が、今目の前にいる厚化粧の女と重なる。
あの頃の俺なら、適当にあしらうことも問題なかったが、今は妙に癇に障った。
彼女はそんな俺の様子に気づかないのか、バツ一で苦労したなどという自分の身の上をベラベラしゃべり続けている。
しな垂れかかるように肩を寄せてくる彼女に、ふと俺は、さっきまでの感傷的な思いがまだ癒えていないことを思い出した。
ちょうどいい、今夜はこの女を相手するか。
そんな刹那的な思いが俺の頭をよぎる。
その時、さっきから視界に映る大橋の上の女が、一瞬ぐらりと動いたような気がした。
「悪い。また今度」
俺は、すかさず立ち上がり、あっけに取られるさえらを残して丘を駆けあがった。
まさか、飛び降りる気か――!?
さっきから彼女の様子が異様なことには気づいていた。
目の前で、そんな目覚めの悪いもの見せられてたまるか――
「やめろ!」
俺は、咄嗟に手すりに上半身を寄りかけた彼女の手首を握って引き寄せていた。
驚いて俺に振り向いた彼女の視線とぶつかり合う。
「誤解です。
私、考え事をしていただけです」
そう言って、彼女は俺の手を振り払い、わずかに後ずさりした。
「…誤解させてすみません。
飛び降りようとしたわけではないので…」
よほど怖い顔をしていたのだろうか。
憮然とする俺に向かって、彼女は思い直したように小さく頭を下げた。
歳の頃は、俺と同じか少し上だろうか?
化粧気はないが、肌の色が白いせいか唇がほんのり赤く色づいて見える。
結いあげた髪がほつれ、全体的に疲れ切った印象だった。
最初のコメントを投稿しよう!