2348人が本棚に入れています
本棚に追加
柚子はすっかり言葉を無くしてしまった。
そんな考えには露ほども思い至らなかった。
のろのろと力なく立ち上がる。
そうして無言で浴室を後にした。
(………そう……なのかな)
取り敢えずタッパに料理を詰めながら、柚子は五十嵐の顔を思い浮かべた。
背が高くて、カッコよくて、大人で、超が付く程優しくて……。
(確かに……彼女いないほうが不思議かも……)
昔、刺激がないと言われてフラれたトラウマさえなければ、五十嵐だってもっと恋愛に積極的だったかもしれない。
数年経った今が、まさに気持ちの切り替え時なのかもしれなかった。
五十嵐には素敵な恋愛をしてほしいとは思っている。
………だが、この割り切れなさは何なのだろう。
(大好きなお兄ちゃんを取られちゃう、みたいな感じなのかな。……兄弟いる人ってみんな、こんな思いするのかも……)
だがそれは柚子の一方的な独占欲に過ぎず、五十嵐にしてみれば迷惑この上ない。
柚子はふっと苦笑した。
(証との契約が終わっても会おうって言ってくれたけど……彼女できたんじゃそれも無理だな)
あの台詞さえ、五十嵐の優しさだったのかもしれない。
あんな素敵な人、周りがほっとかなくて当たり前だ。
もしそうならちゃんと心から祝福しないと……。
(取り敢えずせっかくだから持って行って……もし彼女がいるようならそのまま帰って来よう……)
料理を詰めたタッパを紙袋に入れ、柚子は家を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!