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五十嵐の家の前に立った柚子は、緊張でしばらくその場に佇立していた。
電気が点いているので、中にいることは間違いない。
今まで何度か訪れたことがあるのに、こんなに緊張するのは初めてである。
(うわ、震える……)
チャイムを押そうとしている指が小刻みに震えているのは、寒さのせいだけではないようだ。
震える指でなんとかチャイムを押すと、すぐに「はーい」と返事が帰ってきた。
柚子は動揺を押し隠すように、マフラーで口元を覆った。
誰何されることもなく、いきなりドアは開けられた。
柚子は無意識に呼吸を止める。
「………………!」
中から出てきた五十嵐は、柚子の顔を見てぎょっとしたようだった。
「………えっ、ゆ、柚子さん?」
「こんばんは」
とっさに柚子はサッと玄関に目を走らせた。
………女性の靴らしきものは、ない。
そう認識した途端、体中から緊張の糸がほぐれていくのを柚子は感じていた。
「ガス屋にしては早いと思ったけど…。一体どうしたんですか?」
五十嵐の声は困惑気味だった。
柚子はホッとして笑顔を見せる。
どうやら、ガス屋が来るというのは本当の話らしい。
(証のバカ。余計な気、使っちゃったじゃない)
心の中で証を呪いながら、柚子は持っていた紙袋を持ち上げてみせた。
「あの…五十嵐さんが来ると思って御飯作ったんです。せっかくだから食べていただきたくて……」
「………………」
柚子を見つめる五十嵐の瞳が大きく揺れた。
話しながら柚子の顔が熱くなってくる。
「突然押しかけてすみません。ただ、その…随分前にグラタン食べたいって言ってたから……」
「それで、わざわざ持って来てくれたんですか?」
「えっと…私が勝手に来たくて来たので」
「それにしても、こんなに暗い中…。かなり寒かったでしょう?」
五十嵐は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「全然平気です。まだ晩御飯、食べてなかったですか?」
「はい、ガス屋が帰ってから何か買いに行くつもりだったので」
「そうですか、よかったぁ」
柚子はホッとして笑顔を見せた。
そうして紙袋を五十嵐に手渡す。
「グラタンはトースターで焼いてください。後は普通に温めたら大丈夫なんで」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ、私はこれで」
「あ、柚子さん!」
踵を返しかけた柚子の腕を五十嵐はとっさに掴んでいた。
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