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一平はまるで壊れ物を包むように、不器用に私を抱き締める。
一息にダムが決壊して、涙が荒波のように爪先から込み上げた。
もうそれを、私が我慢することは無かった。
一平の制服が、私の涙で濡れていく。
冷たい空気に冷え切っていたお互いの体温が、そっと温もりを取り戻していく。
一平の腕の中の心地良さ。
私はそれを知らなかったはずなのに、此処が世界で一番落ち着く場所だと知っていた。
静かに溢れては流れ落ちていく涙が、なんだかとても熱かった。
フワフワしている。
優しく私の頭を撫でる、一平の大きな手。
まるで現実では無いような、夢のような感覚。
「百合」
「なに?」
「付き合って、俺と」
フワフワが、一瞬にしてドキドキに変わる。
「俺、寮入るし、あんま会えないかもしれないけど、すげぇ大事にするって約束する」
一平の手は、相変わらず私の髪を優しく撫でている。
「俺が思い残すことがあるとすれば、もう百合だけ」
ああ。
「一緒に、胸張って卒業してよ、百合」
臆病だった自分も、強がりだった自分も置いて、
私はこの人の優しい手を取る。
突き指だらけで、節くれだった大きな手。
不器用で、真っ直ぐで、暖かい。
「うん。胸張って、卒業する。一平と」
あの雪の日から、もうだいぶ経つ。
一平は、かなり忙しそうだ。
高校生になってやっと、私たちも携帯を持たせてもらえるようになったけど、
長電話なんてしようもんなら、馬鹿みたいな料金になる。
それに一平は相部屋だから、そもそもあまり電話が出来ない。
寮の電話ボックスや、寮自体の電話もあるけれど、
何にしたってやっぱり、電話代が高い壁だった。
一平はどうやら根っからのメール不精だし、
毎日朝から晩までハードな練習をこなしているであろう一平の、リアクションの薄さを責めることは出来ない。
それでも夜眠りに着くとき、携帯電話を枕元に置いて、
今日も返事が無かったと恨めしく思いながら寝るのだった。
しかし、どうにも寝苦しい。
夏本番が、もうすぐそこまで来ていた。
「ちょっと百合、いつまでそんな風にしてるの」
リビングのソファでウトウトしていた昼下がり。
お決まりの母親の文句に妨害された。
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