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陽の傾き始めた道を、二人でゆっくり、手を繋いで歩く。
思い掛けないご褒美に、どうしたって表情筋が緩んでしまう。
繋いだ手を、いたずらにぶらぶらさせた。
「今日あんま暑くねーなー」
「うん。日陰歩いてると、気持ちいいくらいだねぇ」
「なー」
交わす言葉は、そう多くない。
それでもそれが、心地良い。
アンパンマンを着けていた頃とは大違いだなと思って、こっそり笑う。
「何笑ってんのお前。気持ちわるっ」
「うるさいなー。笑ってないよ」
「いや、笑ってたし。自覚無しか。病院行っとく?」
ジロリと睨み上げて、手を繋いだまま脇腹にパンチをお見舞いした。
それを、アハハと笑って受け流す一平。
以前とは違う二人。
でも変わらない二人。
「あ、切符買う」
「おー」
駅の券売機に並んで、ふと周囲を見渡した。
一平の姿が無い。
あれ。切符、買わないのかな。
目当ての切符を手に入れて尚、一平の姿を見失ったまま、私は改札を通れずにウロウロしていた。
「ゆーりー」
低い声で、のんびり名前を呼ばれる。
振り返ると、既に改札の向こうに一平が居た。
「一平、いつの間に入ってたの。切符買った?」
慌てて改札を抜けて一平に駆け寄る。
じわりと感じた不安が、一気にどこかへ飛んでいった。
一平は、自慢げに微笑む。
「百合、スイカ持ってねーの?時代はこれよ」
そう言って、定期入れをチラつかせる。
なるほど。と思った。
「持ってない。だって、必要無いし」
「あれ?お前、高校チャリで行ってんだっけ?」
「そうだよ。台風未満まではチャリ」
「たくましーなおい」
肩を揺らして笑う一平が、ホームに入ってくる電車を見て私の手を取った。
そのまま人の波を避けて電車に乗り込む。
手を繋いで、電車に乗って。
それは一平とする、初めての経験。
私たちにはまだまだ、知らない世界がたくさんある。
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