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「ほんとだよ?部屋に飾ってある」
誇らしげにそう言うと、突然、繋いでいた手を勢い良く引っ張られた。
「わっ」
あっという間に一平の広い胸の中に納まって、私はそっと、下から見上げる。
「よかったー」
搾り出すように、一平が呟く。
そしてぎゅうぎゅうと、押し込むように私を抱き締める。
「痛い、痛い。一平、痛い」
笑いながら言うけど、返事は無くて。
「よかったー…あの時、お前にアンパンマンあげて」
「ええ?そんなに大事だったの、アレ」
クスクス笑うと、頭をポカンと叩かれた。
「ちげーよ。アレは俺、マジで厄除けのつもりであげたの。俺の念を込めてさ」
「それ怖いから」
「何でだよ、失礼だな」
「だって、怨念って」
言いながら、嬉しくて可笑しくて、笑いが止まらない。
「ばぁか。誰が怨念だ。愛だよ、愛」
その言葉が耳を通って脳まで到達すると、やがて甘い痺れがじんわり体中をめぐった。
こんなに幸せなことってあるんだろうか。
早速更新される、私の幸せ。
「なに、黙っちゃって。嬉しくて気ぃ失った?」
一平が、抱き締めていた腕を緩めて私の顔を覗くけど、
ほとんどその通りなので返す言葉も無く、真っ赤であろう顔を俯ける。
「ねぇ百合」
「…なに」
「キスしてもいい?」
ますます顔が熱くなって、私は余計に顔を下へ下へと俯ける。
「ねぇ、百合」
「…っいいけど。聞かないでよ、そんな」
少しだけ顔を上げて抗議すると、次の瞬間、私たちの唇は触れていた。
夏の虫の声がする。
川面に浮かぶ月が揺れる。
サワサワと、優しい風が肌を撫でる。
こんなに幸せなことって、あるんだろうか。
私は静かに、一粒だけの涙を流した。
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