幸せひとひら

5/35
前へ
/40ページ
次へ
いつもと同じ様に騒がしいのに、 いつもより少しだけ湿っぽい空気の教室。 まだ式も始まっていないのに、めそめそ泣き出す子まで居て、 私はそれに、極力飲み込まれないようにと気を張った。 「ゆーりー!」 「ウメー、おはよう」 「おはよーっ。あーあ、ついに最後だねー」 登校早々、感慨深そうに教室を見渡すウメが微笑ましい。 「だねー。でも、うちら家近いし、すぐ会えるけどね」 「確かに。コンビニ行ってばったりとか、全然あるよね」 「あるねー」 クスクス笑い合って、しかし、 それでも紛れない寂しさが漂う。 改めて噛み締めるように、ウメが一息つく。 その様子を見て、私の心も揺さぶられる。 ガラッ。 勢い良く扉が開き、 大柄な担任が、いつもと同じ台詞を放ちながら入ってきた。 「席着けー」 「アッキー!スーツ着てる!」 「ギャハハ、ウケる!」 それまでの仄かな哀愁が、彼の登場で一気に吹き飛ばされる。 若くて明朗快活な我が担任秋田は、クラス一の人気者だった。 「アッキー写真とろ!」 カメラ片手に近寄る一平の姿。 犬だったら、尻尾ぶんぶん振ってると思う。 バスケ部副顧問でもある秋田は、一平が誰よりも信頼している教師でもあった。 「はいはい、後でな。とりあえず席着け。おい小松、勝手に撮るな。スーツの俺は一枚五百円だぞ」 たけぇ! いらない! 口々に騒ぎながら、みんなが明るい空気を保とうとしているのを感じた。 「はい。おはよう」 オハヨーゴザイマス。 「今日はいよいよ、卒業式です」 珍しく澄ました様子の秋田に、くすくす笑い声が飛ぶ。 秋田は一度、黙って教室をゆっくりと見回した。 その仕草は、どうしてか胸を締め付けた。 「俺が中学を卒業したのは、まだついこないだのことですが」 嘘付けよー。男子が野次る。 「黙れ斉藤」 一蹴して、もう一度前を見据え。 「卒業してみて一つ思うのはー」 言いながら、教卓の椅子を引いて背もたれに座った。 足は椅子の座面にドカッと下ろし、その両膝に腕をつく。 教師らしからぬ、行儀の悪い行為だけど、それが秋田だった。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加