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「お前らが、そのダサい制服を着て、こんなオンボロ教室で、バカみたいに笑ったりふざけたり、悩んだり泣いたりする日は、もう二度と来ない」
一気に、我慢していたものが込み上げる。
「何も、此処に置いていくな。思い残すことは何一つ無いと、胸を張って卒業しろ。いいな」
誰かが、ズズッ。鼻水をすする音が響いた。
式の最中も、私は涙をグッと堪えた。
何の意地かは分からない。
ただ涙を流してしまいたく無かった。
何度も練習した歌なのに、式で歌うとどうしようも無く胸に詰まり、
声を出せば一緒に涙もこぼれてしまいそうだった私は、すごく小さな声で、ただ呟くように歌い続けた。
気を抜けば蘇る、秋田の言葉。
アイツ、絶対みんなのこと泣かせようと思ってあんな、胸に響くこと言った。
少しだけ恨めしい気持ちで、
それでも、どこか感傷的な表情で佇む秋田を、すがるように見ていた。
一平は、秋田の言葉を聞いて何を思い、何を考えただろう。
私は。私の思い残すことは。
式が終わると、そのままみんなあちこちで自由に写真を撮り始めた。
インスタントカメラ独特のシャッター音と巻取り音が、四方から聞こえてくる。
ウメはわんわん大泣きしていて、それをクラスの女の子たちで慰めた。
もらい泣きする子も居れば、あまりの泣きっぷりに苦笑を浮かべる子も居る。
そのどれもが、別れを惜しむ表情に見えた。
やがて教室に戻るような空気が流れ始め、私はそこで、みんなから離れる。
「百合?どこ行くの?」
「ちょっと、トイレ」
「分かった。アッキー来たら、そう言っとく」
クラスメイトと廊下で別れ、私は階段を上ってゆく。
一年生は休みだから、一番上の階はとても静かで、一際ひんやりしていた。
思い出深い、一つの扉に手を掛ける。
鍵が閉まっていたらどうしようかと思ったけど、空いていた。
がらんと物寂しい、薄暗い図書室。
此処はいつでも、いつもと同じ様子だ。
落ち着く、この空気。この感じ。この雰囲気。
心が凪いでいくのを感じながら、躊躇うことなく真っ直ぐ進んだ。
窓に沿って続く、腰の高さの本棚。
その一番奥。絶妙な日当たり加減の其処が、いつも私の特等席。
背の高い本棚の間を通ると、古い紙の匂いが漂う。
それを胸いっぱいに吸い込んで、特等席のところまで進んだ。
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