56人が本棚に入れています
本棚に追加
元々何も置かれていない場所だけど、ポッカリと、
何故かそこに空間が用意されているように見えるのは、都合が良すぎるだろうか。
今日も私のために横たわる特等席に、いつもと同じように座った。
窓に寄りかかると、ひどく冷たい。
息を吐きかければ、すぐにジワリと結露した。
雪の勢いが、増したような気がする。
灰色の景色をじっと見つめ、そして目を閉じて、寄り添った。
「お前、寒くねぇの」
ハッと驚いて、身を起こす。
寝ていたわけでは無いけど、意識が現実から飛んでいた。
怪訝な顔つきで、一平がそこに立っている。
「寒くない。ことも無い」
「どっち」
笑って、そのまま近付く一平。
雪に髪が濡れている。
友達とじゃれて遊んだのか、結構な濡れっぷりだ。
鼻も頬も、耳も赤い。
「一平の方が、よっぽど寒そうなんだけど」
「うん。俺はさみぃ」
「雪合戦でもしたの」
「した。アッキー対俺ら」
「何それ。先生すごい不利」
ケラケラ笑いながら、もうすぐ傍らまで来ている一平を見上げた。
黒い瞳も、しっとり濡れている。
「探しに来てくれたの?」
「まぁ、そんなとこ」
「よくここが分かったね」
「だってお前、図書室好きじゃん。ここ」
ここ。
そう言って、私の座る特等席を指差す。
その一瞬のやりとりに、たった一言に、
心臓の奥が悲鳴をあげた。
ダメだ。
もう、我慢できない。
俯いて、棚から足を下ろしながら。
「んじゃ戻るかー。ウメ、まだ泣いてんのかなー」
アハハ。
無理やり吐き出した明るい声音が空回りする。
立ち上がった私の腕を、そっと優しく、一平の腕が捕らえた。
「お前は泣かないの」
音を立てずに息を吐き、そして吸う。
「泣かなーい。美人が台無しになるからねー」
笑って顔を上げたのに、
目に入ったのは、見たこと無いくらい優しく苦笑する、一平の大人な表情だった。
「泣いても美人だよ」
「何それ。怖いんだけど」
「泣いた方が美人な時も、ある」
「無いよ、そんなの」
「あるんだって」
もう、声が震えていた。
その震えを包むように、一平がふわりと抱きしめてくれた。
「聞いたこと無いもん。そんな話」
「うるせーな。少なくとも、今がその時だわ。泣けアホ」
いつもと同じ乱暴な口調が、すごく優しい。
最初のコメントを投稿しよう!