夢の終焉

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「…………ねえ、証……」 「橘」 問おうとする柚子の言葉を、証は遮った。 柚子は言葉を止める。 「今日……楽しかったか?」 囁くようにそう尋ねられ、柚子は戸惑いながらも頷いた。 「………うん。すごく……楽しかった」 それを聞いた証は小さく笑った。 「………そっか。……よかった」 証は柚子を抱きしめながら、目頭が熱くなるのを感じていた。 奥歯を噛み締め、ぐっと涙を堪える。 「証…は? 楽しかった?」 逆に問い返され、証は笑って頷いた。 「……ああ。……すっげー楽しかった」 きっと、21年生きてきたなかで、今日が一番……。 そこで証はようやく顔を上げた。 いつしか夕陽はほとんど沈み、辺りは薄暗くなっている。 風の冷たさも増していたが、それでも腕の中の柚子は温かかった。 証は柚子の頬に、自身の頬を擦り寄せた。 「………ありがとう、橘」 優しく暖かい証の体温を頬に感じ、柚子は何故か泣きたいぐらいに胸が締め付けられた。 訳もなく、苦しくなる。 (………何? この感情……。胸がぎゅうってして……息苦しいよ……) だがその答に行き着く前に、証はゆっくりと柚子から体を離した。 途端に二人の間に出来た隙間に、海風が吹きすさぶ。 「暗くなってきたな。寒いし、風邪ひく前に帰るか」 証は柚子に向かって手を差し出した。 柚子はためらいがちにその手を握り返す。 そこから車へ戻るまでの道中、二人は言葉もなくただ黙々と歩き続けた。  
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