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家に戻った五十嵐は、ぼんやりと台所を眺めた。
柚子が綺麗に片付けをしてくれている。
リビングに入り、五十嵐は力無く座り込んだ。
(………柚子さんには、言えない……)
事の真相を調べると言ったが、こんなこと柚子に話せる訳がない。
もし自分の為に証が自身を犠牲にしたと知ったら、柚子は激しく苦しむことになる。
自分を責めて、今以上に強い苦しみを味わうことになる。
そんな思いはさせられない。
………それに。
もしこの事実を柚子が知ってしまったら。
柚子の心は完全に証の方へ向いてしまうのではないか……。
ふと浮かんだ醜い思考に、五十嵐は愕然とした。
(………違う、そうじゃない。話せないのは、柚子さんの為だ。……俺の為じゃない)
柚子をこれ以上、傷付けたくない、泣かせたくないというのは本心だ。
雄一郎のことだから、何をしても状況が覆らないことはわかっている。
それならいっそ、何も知らないままのほうが柚子は幸せなのではないか。
事実を知って柚子が苦しむことは、証も望んではいないはず……。
言い訳ばかりを心の中で並べていることに気付き、五十嵐は激しい自己嫌悪に襲われていた。
それでも。
柚子の心が別の人へ向かうのが、怖い。
………柚子を失うのが、怖い。
(…………もう、証とのことはどうにもならないのなら……)
黙っているほうが、柚子の為になる。
俺は、狡くない。
…………狡く、ない。
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