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『五十嵐さん、帰るの何時ぐらいになりそうですか?』
「そうだな…。何かと雑務が多くて、多分家に着くのは8時ぐらいになるかと」
『8時ですか……』
柚子は少し考えているようだった。
『それから作ったら食べるの多分9時過ぎると思うんですけど、それでもいいですか?』
「僕は別に構いませんが、柚子さんお腹空くでしょう?」
五十嵐は灰皿の上で短くなっていく煙草に目を落とす。
「もしよければ、せっかく合鍵持ってることだし、柚子さん先に作っててくれてもいいですけど」
『…………えっ』
柚子は驚いたような声を出す。
そんな考えには至らなかったらしい。
『でも、それはやっぱり……』
恋人でもない男の家に勝手に上がり込むのは、どうも抵抗があるようだった。
五十嵐は笑って椅子の背もたれにもたれる。
「憧れなんですよね、帰ったら誰かが待っててくれて、もう飯が出来てるっていうの」
『……………』
柚子は黙り込む。
(言い方、ズルかったかな?)
柚子に気を遣わせないようにそういう言い方をしたのだが、かえって悩ませてしまったか…?
何か言おうと身を起こした時、柚子が先に口を開いた。
『わかりました。じゃあ、先に作って待ってます』
五十嵐はホッとして息をつく。
自然、笑みが浮かんだ。
「はい、楽しみにして、なるべく早く帰りますね」
『はい。頑張ります』
そこで五十嵐は電話を切った。
柚子の声が一昨日と違い元気なことに、心なしか安堵する。
自分の選択は間違ってなかったと、まるで言い聞かせるようにして五十嵐は携帯を閉じた。
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