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「す、すみません! 脱いだ物をその場で受け取るのが癖になっちゃって……」
そこまで言って、柚子はハッと口を閉ざした。
10ヶ月間の日課が、体に染み付いてしまっている。
仕事から帰ってきた証が脱いだ物を、隣で受け取るのが当たり前だったから……。
(五十嵐さんは、証じゃないのに……)
「ホントに、すみません……」
「……………」
五十嵐は黙って柚子の後ろ姿を見つめていたが、ふっと笑って息をついた。
「僕はずっと一人でやってきたんで、大丈夫ですよ」
優しく声をかけると、柚子はノロノロと五十嵐を振り返った。
五十嵐は微笑む。
「俺はこっちで着替えるから、柚子さんは飯の準備しててくれますか」
「あ、は、はい」
返事をすると、柚子は俯きがちに五十嵐の横をすり抜けていった。
仕切りのドアを閉め、五十嵐は溜息をつく。
(持久戦……だな)
柚子の中の証の影が、まだまだ色濃く残っている。
そんなことを一々気にしていては、とてもこれからやっていけない。
(俺がゆっくり時間をかけて、忘れさせてやればいい……。そうすればいつか必ず、柚子さんは振り向いてくれる……)
………たとえ、今は証の身代わりでも。
淋しさを紛らわせる為に、一緒にいるのだとしても。
──── 決めたから。
自分が、柚子を幸せにする、と……。
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