ヒトリノ夜

35/40
前へ
/40ページ
次へ
結局なんやかんやと話し込み、五十嵐の家を出たのは11時過ぎだった。 車に乗り込み、五十嵐はすぐに暖房を付ける。 「すみません、こんな時間まで引き留めて」 「大丈夫です。どうせ帰って寝るだけですから」 明るく言うと、五十嵐も笑顔を見せた。 車を発進させ、ほどなく車内も温まってくる。 (………鍵、いつ返そうかな……) 柚子はバッグに仕舞ったままの、五十嵐の家の合鍵のことを思った。 五十嵐はそれについて何も言わない。 結局、鍵のことを言い出す前に、車は柚子のアパートに到着してしまった。 「今日はご馳走様でした。ホントに美味しかったです」 「いえ。これぐらいなら、またいつでも……」 言いかけて、柚子は口を噤んだ。 少し目を伏せて髪を掻き上げる五十嵐の仕草が、ひどく疲れて見えたのだ。 「あ、あの……」 たまらず柚子は五十嵐の袖を掴む。 「五十嵐さん、今お仕事、お忙しいんですか?」 「………え?」 意表を衝かれたように五十嵐は柚子の顔を見つめた。 「どうして…ですか?」 「なんだか…とても疲れてらっしゃるみたいだから……」 「……………」 五十嵐はハッとしたように目を見張る。 柚子は考えた末、勢いよく顔を上げた。 「あの…!こ、今度は、お鍋しませんか?」 「え……」 唐突な話題に、五十嵐は面食らう。 「…………鍋?」 「は、はい。この前、テレビでスタミナ鍋のレシピやってたんで、私それ、作ります!」 「………………」 五十嵐はしばらく無言で柚子の顔を見つめ……。 直後、柚子の体を引き寄せて、そっと抱きしめた。 柚子は息を詰める。 五十嵐は柔らかく柚子の頭を抱え、耳元で小さく囁いた。 「………すみません。……1分だけ……」  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2050人が本棚に入れています
本棚に追加