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五十嵐の指先は、柚子の顔の熱が徐々に上がっていくのを感じていた。
柚子はほんの一瞬、瞳をさわよわせ……。
すぐに小さく頷いた。
「……………はい」
ドキッと五十嵐の心臓が弾む。
我に返り、慌てて身を起こした。
体を離した五十嵐を、柚子は不思議そうに見上げる。
五十嵐は淡く微笑んだ。
「………嘘。冗談です」
「………………」
柚子は大きく目を見張った。
五十嵐は前髪を掻き上げ、苦笑しながら視線をフロントガラスに向けた。
(………狡いな、俺。今の話の流れであんなこと言ったら、嫌だって言う訳ないのに……)
それを見越してキスしたいと言った訳ではないが。
付け込んだようで、何だか嫌だった。
「……鍋、楽しみにしてますね」
「え、あ……はい」
柚子は慌てて返事をした。
そのままあたふたと車を降りると、また連絡しますと言って、五十嵐は車を発進させた。
柚子はその場でそれを見送る。
車が見えなくなってから、柚子はバッグからおもむろに鍵を取り出した。
(………返しそびれちゃった……)
掌の上で鈍く光る鍵を、じっと見つめる。
そうして先程のやり取りを、ぼんやりと思い返した。
(私が、まだちゃんと告白の返事してないから、キスしなかったのかな……)
キスしていいですかと尋ねた五十嵐の顔は、決して冗談なんかを言っている風ではなかった。
それでも柚子がちゃんとした答を出すまではと、自分にブレーキをかけたのかもしれない。
(………次に会った時は、ちゃんと返事しよう。……五十嵐さんと、お付き合いしますって……)
鍵をぎゅっと握りしめ、柚子はそう心に決めた。
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