1937人が本棚に入れています
本棚に追加
(結局……楽譜忘れてきちゃった……)
買物袋の中身を片付けながら、柚子は深い溜息をついた。
無我夢中で証の家を出てきたので、とっさに楽譜まで頭が回らなかったのだ。
(ホントに何しに行ったんだろ…。行かなきゃよかった……)
楽譜も忘れて、こんなに後悔だけが残るなら……。
「柚子さん」
名を呼ばれて柚子はハッと顔を上げた。
「あ、は、はい」
「卵、6個は無事でしたよ」
横で片付けを手伝ってくれていた五十嵐が、笑顔でそう言った。
「え、ホントですか?」
「はい。被害は最小限てとこですかね」
割れてしまった卵のほうを片付けながら、五十嵐はクスクス笑う。
「ドアを開けたらいきなり泣いて抱き着いてくるから、何事かと思いましたよ」
「………す、すみません」
柚子は赤くなって俯いた。
証に会いに行ったこと、キスをされたこと、嘘をついていること、その下手な嘘で怪我の心配をさせてしまったこと。
あらゆることが申し訳なくて、柚子は激しく自己嫌悪に陥る。
「でも鍋に卵って、今日はすき焼きですか?」
「え、あ、いえ。つみれを作るんです」
「つみれ? …へぇー」
五十嵐は感心したように並んだ材料を眺めた。
最初のコメントを投稿しよう!