狡い選択

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(結局……楽譜忘れてきちゃった……) 買物袋の中身を片付けながら、柚子は深い溜息をついた。 無我夢中で証の家を出てきたので、とっさに楽譜まで頭が回らなかったのだ。 (ホントに何しに行ったんだろ…。行かなきゃよかった……) 楽譜も忘れて、こんなに後悔だけが残るなら……。 「柚子さん」 名を呼ばれて柚子はハッと顔を上げた。 「あ、は、はい」 「卵、6個は無事でしたよ」 横で片付けを手伝ってくれていた五十嵐が、笑顔でそう言った。 「え、ホントですか?」 「はい。被害は最小限てとこですかね」 割れてしまった卵のほうを片付けながら、五十嵐はクスクス笑う。 「ドアを開けたらいきなり泣いて抱き着いてくるから、何事かと思いましたよ」 「………す、すみません」 柚子は赤くなって俯いた。 証に会いに行ったこと、キスをされたこと、嘘をついていること、その下手な嘘で怪我の心配をさせてしまったこと。 あらゆることが申し訳なくて、柚子は激しく自己嫌悪に陥る。 「でも鍋に卵って、今日はすき焼きですか?」 「え、あ、いえ。つみれを作るんです」 「つみれ? …へぇー」 五十嵐は感心したように並んだ材料を眺めた。  
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