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室内の空気が、刹那、止まったように感じた。
五十嵐は何も答えられず、ただ食い入るように柚子の顔を見つめ返す。
「……………」
永い、永い、無窮のような沈黙。
………やがて柚子はパジャマを胸に抱え、おもむろに立ち上がった。
「お風呂…先に行かせていただきます」
「…………え、あ……はい」
ぼんやりと五十嵐は返事をする。
柚子がリビングから出て行くのを見届けた五十嵐は、ガクンと腰からその場に崩れ落ちていた。
たまらず片手で口元を覆う。
(……び…び…びっくりした……)
呼吸していなかったことに気付き、慌てて息を吐き出すと同時にバクバクと心臓が激しく脈打ち始めた。
改めて柚子の言葉をゆっくりと反芻する。
『私、五十嵐さんとお付き合いします』
確かに柚子はそう言った。
それにも驚いたが、肝心なのはその後だ。
『私の初体験、貰ってください』
思ってもみなかった急展開に、喜ぶよりもむしろ、戸惑うほうが先だった。
(本気で言ってるのか……?)
今までの柚子の無防備ぶりを思い返すと、疑いたくもなってしまう。
だが、自分の顔を見上げた柚子の瞳は。
真っ直ぐで、何かを決意したように強い光が漲っていた。
恐らくは柚子も、かなりの覚悟を持って言ったに違いない。
「……………」
弾む胸を押さえ込み、五十嵐はしばらくその場に座り込んでいた。
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