狡い選択

2/40
1937人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
土曜日の夕方、証は自宅のソファーにぐったりともたれかかっていた。 怒涛のような一週間が過ぎ……。 今日の午前中、久々に自分の会社を訪れた。 土曜日なのに、会社には何故か五十嵐の姿があった。 証の姿を見て五十嵐も驚いたようだったが、もう何も尋ねてはこなかった。 ………柚子のことは、お互い一言も口にせず。 仕事の話だけを淡々と交わし、昼過ぎに五十嵐は会社を後にした。 その後、一人で黙々と仕事をこなし……。 夕方に帰宅した時には、精も根も尽き果てていた。 証はボーッと天井を見上げる。 (………飯、どうすっかなー…) 柚子が作り置きしてくれていたおかずも、とうに食べ尽くしていた。 手作りの家庭料理にすっかり慣れてしまっていた舌に、外食の何と味気ないことか。 (………マジで掃除だけじゃなく、飯作ってくれるハウスキーパー雇うか……) まず食べなければ体が持たない。 証は起き上がり、ノロノロとマガジンラックに手を伸ばした。 「……………!」 ハウスキーパーの連絡先を探していた証の目に、意外な物が飛び込んできた。 慌ててそれを手に取る。 それは柚子がピアノの練習で使っていた楽譜だった。 (………忘れて行ったのか……) 証はパラパラとそれをめくる。 細かく書き込まれた柚子の字を見て、証の胸が締め付けられた。 (──── 陸に預けるか……) そう思い、楽譜を閉じたものの……。 今、連絡をすれば柚子に会えるという思いに、証は抗えなかった。 ………気が付くと携帯を手にし、消去できなかった柚子の携帯番号に、電話をかけてしまっていた。  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!