狡い選択

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一瞬驚いたが、柚子はそのまま五十嵐の胸にしがみついた。 いつもの煙草の匂いが、今は微かな石鹸の香り。 変わらないのは、優しい体温と、耳に心地好い鼓動。 その鼓動が、少しだけ早いリズムを刻んでいる。 (………五十嵐さん……) 柚子の答を聞くまでかなり緊張していたのだろうと、この鼓動を聞いて容易に想像できた。 五十嵐は柚子を抱きしめたまま、優しく柚子の頭を撫でた。 「ようやく…お父さん卒業かな」 「…………え」 意味がわからず、柚子は顔を上げる。 「ほら、柚子さん言ったでしょう? 俺に頭撫でられるの、お父さんみたいだって」 「あ……」 柚子は慌てて首を横に振る。 「あ、あれは別に、五十嵐さんをお父さん代わりにしてた訳では……」 「嫌だった訳ではないんですよ。ただ男として見られてないみたいで、ちょっと切なかったかな」 五十嵐は微笑んで、柚子の頬を何度も撫でた。 その仕草や、自分を見つめる瞳に愛しさが溢れ出ていて、柚子はにわかに緊張を覚える。 (い…いよいよ……なんだ……) 少し落ち着いていた心臓が、またバクバクと忙しく弾み始める。 柚子の体が少し固くなったことに気付き、五十嵐はそっと柚子の瞳を覗き込んだ。 「……………怖い?」 優しく問われ、柚子は小さく首を振った。 「少し…だけ。でも、大丈夫、です」 早い鼓動のせいで途切れがちになる柚子の言葉に、五十嵐は愛しさを覚える。 柚子の後頭部に手を回し、軽く顔を引き寄せ……。 ゆっくりと唇を重ねた。  
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