狡い選択

29/40
前へ
/40ページ
次へ
空気の読めない訪問者に、柚子は眉を寄せる。 決して人を訪うのに適した時間とは言えなかった。 確実に10時は回っているはずである。 五十嵐も同じ気持ちなのか、対応に出ずにじっと様子を窺っていた。 すると次に、少し強めのノックが聞こえた。 そして続けさま──…。 「陸。いるんだろ」 「……………」 聞き慣れた声が聞こえ、柚子と五十嵐は同時に目を見開いた。 (…………証……!!) 柚子の心臓がドクン、と弾む。 五十嵐はチラリと柚子に視線を投げ……。 乱れた服を整えながらおもむろにベッドから立ち上がった。 「柚子さんは、待っていてください」 「…………!」 柚子は弾かれたように半身を起こす。 よほど酷い顔をしていたのか、五十嵐は苦笑しながら無言で頷いた。 五十嵐はそのまま玄関へと向かった。 柚子ははだけた胸元を掻き合わせ、強く唇を噛み締める。 (なんで……なんで証が……) 先ほどまでは五十嵐でいっぱいだった柚子の心に、今は得体の知れない不安が色濃く渦巻いていた。  
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1937人が本棚に入れています
本棚に追加