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込み上げてくるものを抑え込むように胸元を強く握り、証は落ち着いた声で口を開いた。
「橘」
「……………」
柚子は何も答えない。
ただ証に背を向けたまま、じっと唇を噛み締めていた。
「さっきは……悪かった」
証から数歩下がった所で事の成り行きを見守っていた五十嵐は、軽く目を見張った。
(…………さっき……?)
黙って目だけを柚子に向ける。
「楽譜、陸に渡したから」
「……………」
「強引に呼び付けて、感情のままにあんなことして、悪かった」
そこで証は息をつき、小さく笑った。
「さっき、お前の番号もアドレスも消したから」
「……………」
「だからもう……ホントにこれで最後だ」
「…………!」
柚子の胸が何故か奇妙に弾んだ。
証の言葉が、深く心臓に突き刺さる。
(………最……後……)
「じゃあな」
それだけ言うと、証は玄関へ向けて踵を返した。
立ち尽くしている五十嵐と目が合い、苦い笑みを浮かべる。
「悪かったな、邪魔して」
「……………」
何も答えられず、五十嵐は黙って証の顔を見つめ返した。
証は五十嵐の横をすり抜け、すぐに靴を履いて家を出て行った。
バタン、とドアが閉まると同時に、五十嵐は強く拳を握りしめた。
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