狡い選択

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(………狡い人だ、あなたは……) まるで悪者からお姫様を守る王子様のように、絶妙なタイミングで現れて。 言いたいことだけさらりと言って、帰っていくなんて……。 後に残された自分達がどんな思いをするかなんて、きっと少しもわかってはいない。 五十嵐は証から受け取った楽譜を机に置き、静かにベッドに腰を下ろした。 柚子は黙って背を向けたままである。 「…………今日、証と会ったんですか」 震えている小さな背中に問うと、柚子の肩がビクッと揺れた。 五十嵐は、ここへ来た時の柚子のことを思い返した。 「ごめ……なさ……」 そこでようやく柚子は五十嵐に顔を向けた。 その目からは涙が溢れ、五十嵐はハッとする。 「別に、責めている訳じゃないですよ」 「でも……私がもっとちゃんと強い意志を持ってれば……」 柚子は激しくしゃくりあげる。 「来なきゃ楽譜返さないって言われて……言われるままにフラフラと会いに行っちゃったんです。それが後ろめたくて、私、五十嵐さんに嘘ついて……」 嗚咽に言葉を詰まらせる柚子を見て、五十嵐はたまらず柚子を抱きしめていた。 言いようのない不安が胸に込み上げてくる。 …………何故、柚子は泣いているのか。 証と一体、何があったのか。 何故、証と会ったその日に、自分に全てを委ねると言ったのか……。  
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